三度目の開国ではなく、破壊との指弾

 縁は異なもの味なものという。先頃、NHKの会長人事をめぐって経営委員会が少しばかり勇み足をしたことについて弁明を聴く機会が、党の総務部会であった。名だたる縄文文化の研究家である安田喜憲NHK経営委員会委員長代理(国際文化研究センター教授)が説明をされた。私は慶応義塾前塾長の安西祐一郎氏とは大学同期ということもあって、「経営委員会の対応はおかしかった」と安田先生にからんでしまった。そのお陰もあってかどうか、同先生とご縁ができた。

 ご丁寧な挨拶状と共に、『奪われる日本の森』なる著作(平野秀樹氏との共著)が後日送られてきた。「ニッポンの漂流を回避する」との論考は中でも強い衝撃を私にもたらした。「縄文時代以来の日本人の心は、近代化の過程において、キリスト教に立脚した欧米文明を受け入れる中で、大きな痛手を被った」というのが、その柱。明治維新、先の大戦の敗戦と二度にわたり引き起こされた「ニッポンの漂流」は今新たな危機を迎えている、と。この三度目の漂流という名の破壊は、グローバル市場主義のもと、日本固有の領土を喪失させ、民族を根絶やしにしようとしていると手厳しい。外国資本が日本の水源の森を次々と買い漁ろうとしている現実が語られ、その実態には戦慄すら覚える。

 森と里と海の水の循環を説く筆致は激しい。今まで、日本の自然保護の重要性を叫びつつ、三たびの開国の必要性をも強調してきた私だが、その主張に真っ向からの挑戦を受けている思いがする。時あたかも東日本大震災・大津波・原発事故で日本文明の存立基盤が揺さぶられている。日本は、一度立ち止まって全てのこれまでのいき方を点検する必要があるのかもしれない。

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