戦後レジュウム(体制)からの脱却はいいが、もっと丁寧な説明を

 安倍首相がよく使う言葉に「戦後レジュウム(体制)からの脱却」というのがある。ご本人のこれまでの言動からすれば、”戦前全否定”に基づく「自虐主義史観」から抜け出し、日本固有の歴史と文化への誇りを高らかにうたえる「美しい国」を目指そうということであろう。自虐主義史観とは、戦前の日本をすべて軍国主義と結びつけて悪と見なし、否定する東京裁判史観と同義とみてもいい。戦後の日本の政治は、この史観に色濃く影響をうけた日本社会党と、それを否定する自由民主党との争いの歴史だった。米ソ対決の冷戦構造の国内版としての自社対決の構図である。自民党がその場合に依拠した史観は、反東京裁判史観であって、決して皇国史観ではないと思うのだが、真正面から位置づけられた史観がないゆえ、どうしても戦前の日本を全面的に肯定する考え方のように捉えられがちだ。

 そこへ、安倍首相自身が「憲法改正を任期中に果たす」とか、「そのためにもこの国会で、憲法改正のための国民投票法を成立させる」などとしきりに言うものだから、かなりの誤解を招いている。「憲法改正」と直結させると、今の1946年憲法の基本3原則を変えようとしていると捉えられてしまう。国民主権、基本的人権を変えることは考え難いから、どうしても平和主義を変えようとしていると見られるのだ。現に、「安倍首相は、日本を再び戦争が出来る国にしようとしている」との批判が護憲勢力から浴びせかけられている。

 私も戦後レジュウム(体制)なる悪弊があることを認めるし、そこからの脱却は必要だと思う。しかし、それは短絡的に戦争が出来る国にするなどということではなく、占領下に出来上がった「半独立国家・日本」をひきずった卑屈な姿勢を払拭することであり、平和でなければ生きられない日本の特徴を一段と鮮明にし、国際平和に積極的に貢献することだ。もう少し、丁寧に言葉を発信してくれないと、連立のパートナーとしては大変に迷惑する。

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