御厨貴「天皇と政治」は、読み終えて、さわやかさが残る。テーマの重さを感じさせぬ筆運びは、気鋭の政治学者ならではの要点整理力で、実に読み易い。関心持つ人は当然、なき人も読まれるといい。次に読みたくなる書物の群れが紹介されており、汲めども尽きぬ知恵の泉を前にできる。
憲法をめぐっては、これから開かれる国会で、改正の手続きのための国民投票法案が最大のテーマになる。次なる課題は、憲法改正の中身そのものをどうするかである。既に、自民党は憲法改正草案を公表している。しかし、これはかなり酷い中身だと、巷間いわれている。著者も、「根本的な問題は、自由民主党の議員たちが、憲法というものはいかなるものかを全く理解しておらず、憲法改正を普通の法律改正と同じ次元で考えている」と手厳しい。我もわれもと、短冊をだすがごとく意見をだしたものを、ただ羅列した観がし、「統一観のある憲法」になっていないという。「言葉遣いに品格がない」し、「国家論を論ずる気概と同時に国家を論ずべき言葉というものを日本人は失ってしまった」といわれて、返す言葉に窮する政治家は私だけだろうか。
日本が国家としていかにあるべきかとの議論については、わが党にあっても気持ちは皆持っているものの、日常の忙しさのなかで棚上げされている感が強い。憲法改正について、加憲の立場をとるわが党は、よく言えば、憲法改正の難しさを知るが故の現実志向が強いといえるものの、悪く言えば、自ら困難な新しい憲法を打ち立てることを放棄してしまっていると言えなくもない。全面改正よりも部分的に書き加える方がはるかに楽だからだ。私を含め政治家に課された責任は重い。
Posted on 07.01.19 by AKAMATSU Masao
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